己書瑞月道場グループ展!フライヤーが出来上がってきました!

文化教室 瑞月

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己書瑞月道場グループ展!フライヤーが出来上がってきました!

瑞月のブログ

2019/02/06 己書瑞月道場グループ展!フライヤーが出来上がってきました!

大和郡山市「観光協会」が、毎年、春の桜の時期に「大和郡山市城跡」にて

「数珠くり法要」や様々な行事を2週間にわたり、開催いたします。

 その「桜まつり」協賛事業として、われわれ「己書瑞月道場」も

グループ展を15日間、開催することになりました。

 その期間中「無料体験会」も行い随時体験していただけます。

大和郡山城は「豊臣秀吉の弟・秀長」が築城し、城主としての数年の間に

数々の功績を残し、町の発展に貢献してくださった足跡を見出すことができます。

 また、昨年「石垣」の整備も済み見事な「城址」として注目を集めています。

城下町として栄えた「大和郡山市」は、町のいたるところに、昔の名残があり

「箱本制度」と称して、町名に昔の栄えたころの「商業」の足跡を感じとることができます。

たとえば「紺屋町」というのは「染物」の、町でした。

「大工町」とは、名の通り「大工さん」の住まいが集結した町でした。

そのほかにも「豆腐町」「塩町」「車町」「綿町」「材木町」「魚町」「鍛治町」

「茶町」などなど。

街中散策も楽しいウオーキングにあること、間違いなしです。

 

歴史をご紹介いたしますと!

天正13年(1585年)大納言豊臣秀長が姫路から郡山へ入部、

多武峰の談山神社を城北に遷座、その堂宇と共に、

多武峰にあった桜樹も城内に移したのがその始まりと伝えられています(御殿桜と呼ばれていました)。

  享保9年(1724年)柳澤吉里が甲府より郡山に国替えとなり入城してから、

桜樹の補植があって、そのとき以来毎年春の開花期には、藩士や町民達の

楽しみであったといわれています。

  やがて明治となり城郭が全て取り払われましたが、旧藩士達が明治13年(1880年)本丸に

藩祖柳澤吉保を祀る柳澤神社を建てて、その周辺に旧藩邸の桜樹を移植し、

更に数百株を補植しました。

そして毎年、かがり火をたき春宵一刻を 楽しむようになりました。

これが夜桜のはじまりであり、その後明治44年(1911年)には、

樹齢も次第に老境に入り花の姿も衰えてきたので、当時の町長三木忠方が、

町民に呼び掛け寄付金を募り、桜樹3,000本を新しく城址一円に植えるとともに、

かがり火を電灯(ぼんぼり)に替え、大正10年(1921年)大軌電車(現在の近畿日本鉄道)の

開通により遠く大阪方面からも見物客が訪れるようになりました。

 

 そして、メインの桜祭りは

昭和36年(1961年)、時の観光協会会長、広瀬元次郎氏が、

城址の天守台をはじめ、そのまわりの石垣の中に多数の石仏、

墓石が積込まれているのを知り、これらの石仏並びに城史有縁の諸霊を慰めることが、

大和郡山市の発展につながると考え、自ら陣頭に立って市民有志より浄財をあつめ、

天守台を取り巻く「数珠くり法要」を始めました。

  最初の年は5月5日子供の日に行われましたが、

次の年からは明治40年(1907年)以来、桜花の開花期に

毎年開催されていた金魚品評会に合わせて行う事になりました。

そして今日まで古い伝統と歴史のあるいろいろな行事が、

4月の上旬に集中して催されるようになりました。

 

 

 

 

 

 

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